「こうすれば幸せになれる」にハマる人の心
なぜ「正解」を探し続けてしまうのか?
スピリチュアルや自己啓発、成功法則などで
「これが正解」
「これさえやれば幸せになれる」
という教えに、深くハマってしまう人がいます。
周りから見ると・・・「なぜあの人はそんなに熱心に信じてるんだろう?」と感じるかもしれません。
しかし・・・それは、実際は誰にとっても起こりうることでもあります。
その背景には、私たちは不安・自信のなさ・承認欲求などを無意識に抱えていることあります。
人生に迷い、自分で選ぶのが怖くなる
現代は情報過多の時代。何が正しくて、何が間違っているのか・・・多くの情報に惑わされて自分で判断しづらいことも多い。
- 「これでいいのかな?」
- 「私の選択は間違ってるのかも…」
そんな不安が大きくなると、誰かに「これが正しいよ」と言ってもらえることが、心の拠り所になります。
スピリチュアル好きな人に見てて多いのが・・・
私たちは「わかってる側」「気づいている側」の人間だから、みんなに教えてあげなきゃ!
・・・という行動。
しかし、その基となっていることは・・・「誰かの教え」
「その誰か」が「正しい」と信じることで、「それに従う自分も正しい」と思い込む。
誰かに従う時点で、自分自身で判断できていないことに気づきましょう。
自分を信じられないから、「他人の正しさ」に頼ってしまう
自信がなく自己肯定感が低い人は、自分の感覚や直感を疑ってしまい・・・「自分の外側」にある「正しさ」に自分を合わせようとします。
そうすることで、「あれはダメ」「これはやるべき」といったルールに縛られやすくなり、本来の自由な選択肢を失ってしまうことも・・・。
ダイエットの例で言うと・・・
「〇〇しか食べないダイエット」「△△抜きダイエット」というような・・・たとえ極端な教えだとしても、それが正しいと信じた結果、体調が悪くなる人やますます太る人もいます。
自分の身体で体験したことが「自分にとっての正しさ」です。
「欠けている自分」を埋めたくなる心理
「私はまだ足りてない」
「もっと学ばなければ価値がない」
このような根底にある欠乏感や自己否定が刺激されると、
「この方法なら理想の自分になれる!」という言葉に強く惹かれてしまいます。
でもその裏には、「今の私はダメ」という前提があるのですが、それには気づかない。
「有名な人」「すごい人」「フォロワーや再生数が多い人」を基準にしがちに。
承認欲求と「いい人」でいたい気持ち
「これをやっている私は正しい」
「教えに従っている私は立派だ」
という感覚が得られると、それが自分の価値を感じるための拠り所になります。
同じ考えの人たちとつながれることにも安心感があり、そこから抜け出せなくなる人も少なくありません。
だから、その仲間たちと一緒に過ごす時間が増え・・・それ以外の人たちとの交流を持たなくなる傾向があり、視野がますますせまくなっていきます。
はたからみている人たちは、不自然に感じることがよくあります。
そして、自分は正しいと思うあまり・・・他人にもそれを強要する人もいます。
その場合、相手が賛同してくれないことで自分を否定されたと感じ、怒りをぶつけてきて攻撃的になることも・・・。
私も過去に、「すごい〇〇さん」のお話を延々とされたことがあります。
たまたま別の人から「〇〇さんの教え」の話を聞いたことがあり・・・その人が発信している内容を自分の目で確かめ、自分なりの感想を持っていました。
そんなとき、Aさんから「〇〇さんのすごさ」について熱く語られました。
私は、Aさんが〇〇さん信者なのは個人の自由なのでいいと思いますが・・・「〇〇さんのすごさをわからせよう」と得意顔で強要してくる様子に、嫌気がさしました。
私が〇〇さんに抱いている感想をもらすと、Aさんは激怒しました。
なぜなら、私の感想は・・・Aさんが欲しかった「賛同」ではなかったからです。だからといって否定もしていませんが
私は「Aさんが〇〇さんを素晴らしいと思ってるなら、それだけでいいじゃないですか。そのことと、私が〇〇さんのに対して抱いている感想と、何か関係ありますか?」と訊いてみましたが・・・
顔は真っ赤で、顔面をひきつらせワナワナし涙目のAさんを見て・・・
私が〇〇さんに賛同しないことで、Aさんは自分が否定されたように感じたんだろうなぁ・・・と感じました。
「正解を探す」生き方から、自分に立ち返る生き方へ
本当に大切なことは、「何が正しいか?」ではなく・・・
自分はどう感じるか?
自分はどうしたいか?
「こうすれば幸せになれる」
「これが正しい」
という言葉に従っていると、「自分の人生」を誰かに委ねてしまうことにもつながります。
何かに迷ったとき、焦ったときほど、外側の教えではなく、自分の内側の声を聞く時間をとってみてください。
- これは本当に私が望んでいること?
- 無理して誰かの正解に合わせようとしていない?
こうした問いを重ねていくことで、「誰かの教え」に「正しさ」を見出すのではなく・・・
「自分の中の正しさは、自分で決める」感覚を取り戻すことができますよ🙂