「誰かが言ってた」内容は、本当か?
事実ではないことを相手が信じてしまい、困っている・・・
お客様からそんなご相談をいただくことがあります。
その場合、当事者が直接見聞きした話ではなく、別の誰か経由の話であることがよくみられます。
いただく内容で多かったのは、
・誰かが言った「誰々が〇〇って言ってたよ」を信じて周りに広めてしまい、人間関係がこじれる
・高齢で認知症の親が言っていることを、近くにいない兄弟姉妹が信じてしまい自分を責めてくる
「誰々が〇〇って言ってた」に関しては、AさんとBさんが話した内容を、BさんがCさんに伝える・・・という、CさんからしたらAさんとBさんの会話をリアルで見聞きしていないので、Bさんのいう事を信じるかどうかという状況になりますが・・・
こんな風に、真偽のほどを確かめもせず、どちらか一方が言ったことを鵜呑みにする・・・というケースをよく見かけます。
その場合、
Aさんは本当にその内容を言ったのか?
Bさんはそこでの会話のニュアンスを変えずにCさんに伝えているのか?
BさんがそれをCさんに伝えることに、思惑はないのか?
など、本来はチェックポイントがいくつかあるはずですが・・・
様々なケースを見ていて思うことは、話半分で聞く人の方が少なく鵜呑みにする人の方が多いように感じます🤔
認知症の親の言ってることを信じる・・・というケースもそうですが、知識がないとわからないことではありますが・・・認知症は記憶を改ざんすることがあります。
実際には言われてないことや言ってないことを言われた・言ったと思いこんだり、何かと何かの出来事をごちゃまぜにして断片的につなげて新たな内容を作ったり・・・よくあることです。
以前いただいたお客様Dさんのご相談では、Dさんが親御さんの介護をしていて兄弟姉妹は遠くの県に住んでいる状況でした。
親御さんは健康上は特に大きな問題がない状況のため、一見すると元気そうに見えるそう。
しかし、Dさんが精神面での介護がすでに始まっていることを兄弟姉妹に相談しても、近くにいないため信じてくれず・・・といった状況でした。
そんな中、親御さんが兄弟姉妹に事実とは異なる作り話をし始めます。
その話では、Dさんが悪者に仕立て上げられていました。
いつも近くで介護しているDさんが、事実とは異なる理不尽な内容で兄弟姉妹から責められ・・・親御さんは日々攻撃的で、精神的にもう耐えられない・・・でも健康だから、専門の所にも入れない・・・という内容でした。
介護の場合は、専門機関から何かしらのサポートを受けることもできるようですが、Dさんはそれを知らずに一人で頑張っていたのでした。
Aさん~Cさんの例、Dさんとご家族の例に共通することは・・
話を聞いた側の人が、真実を確かめないということ。
Cさんは、「Aさんがこう言ってたよ」というBさんが言ったことを鵜呑みにするし、
Dさんの兄弟姉妹は親御さんの言っている内容を、Dさん本人に確認せずに責め立てます。
これは、現代の情報社会にも通じることだと私は思います。
インターネット、動画、メディア、SNSで誰かが発信したことを、真偽のほどには目を向けず・・・その内容をそのまま鵜呑みにして取り入れ、疑問を持たない。
小学校の授業で学んだ情報伝達のズレ
ここで、私が昔実際に体験したことをお伝えしたいと思います。
小学生の頃、道徳の授業だったのか何か忘れましたが・・・
他人の「誰かがこう言ってた」という内容は、信ぴょう性が低いということが証明された出来事がありました。
Eさん、Fさん、Gさん、Hさん、Iさん、Jさん、Kさん・・・というように、5名以上のグループを作って、最初の人がお題として与えられた内容を覚えます。
それを次の人に耳打ちして伝え、それをまた次の人が同じように次の人へ耳打ちして伝え・・・最後の人が伝わった内容を発表する、というゲームみたいなものでした。
そこでのルールは、「もともとの内容に何か感想を付け足したり、文言を変えたりするのは禁止。伝わった内容のまま、次の人へ伝える」でした。
しかし、伝わる途中で・・・余計な内容が付け足され、最終的に発表された内容は・・・最初に与えれたお題の内容とはかけ離れて、大きく意味が変わっていました🤣
その時の学びとしては、「噂話は尾ひれがついて正しい内容ではないことがあるから、むやみに広げず、自分で確かめよう」みたいなオチだったと記憶していますが・・・
「ここまで違うの!?」と驚いた記憶があります。
価値観が内容を歪めることもある
日常生活の中でもありますが・・・仲間内で、誰かが何気なく「この前〇〇ちゃんから聞いたけど、△△だったんだって~?」と本人に聞いたところ、「え?そんなこと言ってないよ、△△じゃなくて□□だよ。」・・・なんて、よくあることです。
私も覚えがありますが・・・自分が意図したことと全く違う内容のことを「私がそういうふうに言っていた」と聞かされた時・・・「それ、あの時一緒に話してた●●さんの価値観そのままでしょ」と思ったことがありますし、話を大げさに広げる人もよくいますね😅
ひとつ言えることは、その時話を聞いた本人が「どう思ったか」によって変わるということ。
さきほどの例だと、AさんがBさんに話した内容を、BさんがCさんに「Aさんがこう言ってた」と話す。
そこには、Bさん個人が「思ったこと」や「自分の価値観を基準に判断したこと」によって、Aさん本人の意図とは違うふうにCさんに伝わる可能性もあるということ。
私も遭遇したことがありますが・・・世の中には、人と人との仲をわざとこじらせることに喜びを感じる人も存在します。
その場合、誰かと誰かの仲がこじれるような内容に変えられますし・・・それを当事者たちが相手に確かめないことも多いので、人間関係のトラブルが発生します。
私は過去の自分自身の経験から、「誰かが聞いてきた話」は「その人が聞いてきた話」として聞きます。
自分で直接見聞きしてきたこととは、別、です。
情報も同じで・・・誰かが「ネットで見た情報が〇〇だった」と教えられても、「その人は〇〇という情報を見たんですね」と思うだけです。
口コミも同じ。
誰かがどこかへ行ってこう感じた、何かを利用してこう思った・・・という情報、見てもいいけど・・・それ、自分の体験じゃないですよね?って話です🤔
他人の言葉をうのみにしないための心構え
誰かがこう言ってた、を鵜呑みにすると・・・
自分で考える力、調べる力、真実を見極める力が鈍り・・・情報に操作されやすくなります。
また、それが事実かどうかを確かめる前に信じてしまうと、人間関係のトラブルや誤解を生みやすくなります。
情報過多の現代は特に、冷静に慎重に情報と向き合う姿勢が求められます。
他人が言ってたことに惑わされず、自分で確かめる力を育てることも重要です。